ファルトボート(フォールディングカヤック)についてあれこれ書いてます
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 激痛がはしる左肩をその時右手が無意識に動き、掴む。そして強い力で引く。「ガキッ」なんとはまった・・・・。左腕痛いけど動く。ゆっくり肩をまわすと痛い、腕を上げると痛い、しかしとりあえず動く。でカヤックを3人で引き上げるものの、水が大量に入ったいたのでその重さでデッキバーが折れてしまった。塩ビパイプはやっぱり弱いなあとおもいつつも己のミスなのであんまり悔しいとは思わない。さてツーリングはどうするか、とりあえず行ってみてだめだったら途中で上がって折りたたんで抜けさせてもらおう。ファルトはやはりいつでも撤収できるのがいいなとこんな時にもふと思う。


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 さて痛む左肩をかばいつつ、ゆっくりツアーがスタート。今回の5艇の中でSS-1は最も遅い艇かつ内3艇がタンデム使用かつ腕が痛むのでさてさて取り残されないよう気をつけなければ。


 出艇地から少し漕ぐと直ぐに大川(旧淀川)に出る。流れが殆どない、川というより水路か?しかし川から見上げる大阪の町並みはなかなか趣があってよい、結構古い建物も残っているし、有名な建造物もたくさんある。以前大阪の心斎橋に本社がある会社に勤めていたのでたまに大阪に来てたが、現在地がさっぱりわからない。


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 何本かの橋をくぐり様々な建物を見上げ、遊覧船を避けながら中ノ島の南を西側に進む。ここでツアーメンバーの一人がもよおしてきたので、卸売り市場の上陸できる場所まで行って休憩(といってもカヤックに乗った状態。)。この日は気温が低く天気も悪いので、漕いでないと寒い。潮の干満により川の流れが出できたので、川の流れに逆らいながら漕いで、少し行ったら漕ぐのをやめて川に流されもとの位置に戻るのを10数回繰り返す。


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 20分くらいだろうか、メンバーが戻ってきたのでツーリング再開、今度は中ノ島の北側を東へ向かう。有名な建築物を見ながら漕ぐが川の流れに逆らう方に進むので、あまりスピードはでない。おまけに向かい風。まあ腕の痛みがましになっていたのでついていくのに支障はない。ちょっとした鍛錬だ。そうこうするうちに中ノ島中央公会堂の近くに休憩上陸。


 休憩中にメンバーと歓談かつ遅めの昼食。話題はやはり沈と脱臼しかけた事だ。寒くはないかとの質問があったが、僕は神戸にある「ファイントラック」という会社の保温性のあるラッシュガードを着ていたのでそんなに寒くはなかった(後日またブログに書きますが、これを着ていて命拾いした事があります)。


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 休憩後大阪城の見えるポイントに向かって川を進む。京阪の高架をくぐり第二寝屋川に入って直ぐに大阪城の見えるポイントに。水上から見上げる大阪城もなかなかおつなものだ。ここで数枚の写真や参加者の写真を撮ってから出艇地に引き返す。途中から雨が降り出し、どんどん雨脚は強くなる。出艇地に到着しカヤックを引き上げても雨はやまずずぶぬれのまま撤収。電車で持って帰ると大変だなあと思っていたら、K店長の「僕が持って帰って乾かしてから後で宅急便でおくりましょうか」とのありがたい言葉に甘えて、SS-1を預け帰宅する。


 まあちょっとツーリング記録はかなり大雑把に書きましたが、ほんとうに現在地がさっぱり分かりません。水上から都会の町並みを見上げるというのは別の世界を旅している感覚に浸れます。また何時か行こうかと思ってます。


 肩ですが接骨院に通院して徐々に治ってきてはいます。12月の第一日曜日にでもリハビリ漕ぎができれば・・・。


 


 


 

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 集合時間が午前10時、場所はJR桜ノ宮駅、集合時間の少し前に到着、駅前にK店長と参加者が待っていた。とりあえず出艇場所を聞き、そこで組み立て開始。相変わらず楽なSS-1。大型のタンデムダッキーよりもある意味組み立てが楽である。


 ツアー参加者は8名、タンデム艇4艇(アリュート430、ノア500、アルピナ460,アルピナ430)、シングル艇1艇(SS-1)、計5艇でのツーリング。


 K店長による参加者の簡単な紹介を済まし、目の前の場所から出艇。SS-1は1次安定が、シーショアやアルピナと比べて悪いので慎重に乗り込む。無事乗り込んだ後左のバウ側デッキコードにはさんだパドルを右手で取ろうとしたところ、悲劇が起こった。なんとバランスを崩して沈。乗り沈ならともかく、乗った後の沈である。いきなり目だってしまったなあと、このツアー中、K店長にいじられそうだなあとここまでは笑い話で済むはずであったが・・・。


 艇が傾いた時に、反射的に岸に左手をついて支えようとしたが支えきれず「ゴキ」という音とともに腕が動かなくなった。「外れた?脱臼?」瞬時に頭に浮かんだ言葉。ツアー開始1分ちょいでツアー終了!!?そのまま病院行き??でなんと今日は1年ぶりに会う、会社員時代の後輩2人との飲み会が・・・・。



中ノ島ツアー後編につづきます。

 ある日折りたためるボートなんて作ったら結構売れるんじゃないか?なんて思いついて会社を作ってしまいました。彼の名はハンス・クレッパーとなってますが、会社名は勿論クレッパーで1907年創立です。彼の思惑通りこのカヤックははやり、ブームになりました。彼のおかげで約100年後の今、ファルトボートの旅ができると言っても過言ではありません。
 
 メッカ巡礼の如くファルト教信者の僕としてはヨーロッパ旅行に何時か行く時、ドイツのミュンヘンにあるクレッパー社の隣、クレッパー博物館を見てこようと思っています。洋書でこの方の伝記が出版されていたはずなので、そのうち購入してみようかとも思っています。


 今でこそ船体の左右に位置するエアチューブですが、これもクレッパーが最初に作りまた。1952年という事です。これにより断然組み立てやすさや船体布の張りが良くなりました。


 日本で最も古いフジタカヌーは1947年創立です。その当時からフジタカヌー研究所を名乗っていたのかはわかりませんが・・。ちょっと今度いろいろ聞いてみます。すでに55年以上の歴史があるのですが、それでもクレッパー社より40年以上も後発です。


 アルミフレーム製のファルトボートを初めて販売したのは、日本にも代理店のあるフェザークラフト社です。アルミは形成しやすいのでよりスタイリッシュなファルトボートを作製できるのと、軽くてコンパクトなので日本でのファルトボートフレームの主流となっています。


 おもいっきり簡単にファルトボートの歴史を書きました。しかしこうしてみると私の所有している「SS-1」が今年で31歳で、御老体といってもいいカヤックだと思っていたのですが、まだまだ若造ですね。
 
 ついでですがファルトボートのバウ、スターンの先端に入れる浮力体が伝統的カヤックに使用されているとは、資料を読むまで思いもしませんでした。ただファルトと違って最初から膨らませるのではなく、航海中に海が荒れてきたら、万一の転覆に備えて膨らまし、沈しても満水状態にならないようにしてました。動物の胃袋だそうです。


次回はバイエルン二色浜店主催による中ノ島ツアーについて書きます。まさかまさかの悲劇が僕を襲います。

[クレッパー]の続きを読む

 思い出に残るツーリングを書こうと思います。ツーリング本文中は断定口調で書きます。
 初ツーリングの写真はパソコンが以前クラッシュした為、残っていません。別の日に撮った写真をアップしています。日生は10回以上行っているのにいい写真があまりない・・・・・。


平成17年3月上旬    場所 日生諸島  使用艇 シーショア500      青線が行きの航程 赤線が帰りの航程                  


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 待ちに待った瀬戸内海初航海。風も弱く天気も上場3月とは思えないほど暖かい日。日生駅前の港で出艇準備、午前10時頃、カヤックの組み立て完了、ドライスーツ身を包みシーショアにつけた名前を心の中で呼び手を合わせて航海の無事を祈る。初心者の僕が初めての本格的航海を単独行でするのであるから、やはり緊張するものの、なんとかなるだろうと自分に言い聞かせ出艇する。
 
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     出艇場所から南に漕ぎ進み、左手に岡山県最大の島鹿久居島を右手に本土、曽島が見えてくる。このあたりは水路のようになっており、あまり波はない。丁度いいウォミングアップになり、だんだん体もリラックスしてくる。


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 本日の上陸目標は頭島か大多府島であったので、進路を東に取り鹿久居島と頭島の間の大橋の下をくぐって進む。ここから瀬戸内海らしい多島海の風景が広がるので波が高くなり風も強くなるかもしれないと警戒していたが、若干波が高くなる程度で、まったく問題なし。頭島をまわって丁度島の真東にきたときに小休止。さて初上陸の島は何処にしようか?右手の頭島か前方に見える大多府島かと考えていると、なぜか大多府島にひきつけられるような感じがしたので、そのまま直進、2kmちょっとを漕ぐ。上陸寸前、右手から来る動力船をやり過ごしついに大多府島に上陸。この島はかつて風待ち港として栄えた島で、古い史跡がのこる風情のある島だ。


 上陸して目の前にあるトイレを使用してから神社で航海の無事を祈ろうとするが、補修中であったので遠くから手を合わせる。のんびり休憩しているとじわじわと感動がこみ上げて来て、顔が自然にほころんでくる。手漕ぎの舟で一人で本当に来たんだなあと。カヤックというものはすごいものだな、シーショアとフジタカヌー研究所に感謝だ。


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 20分程休憩の後、北東方向に見える鶴島に向かう。この島はかつてキリシタン最後の弾圧「浦上四番崩れ」の信者の流刑地であって、以前長崎の浦上天主堂に行った時、弾圧されても改宗しなかった信者の行動に感動したことがあったので、是非上陸してみたかった島だ。大多府島から鶴島に向かう途中、だんだんと風がでてきて波が高くなってきたものの、シーショアにとってはどうってことのない波であったので、楽しみながら漕ぐ事ができた。大多府島から2kmちょっと漕いで上陸。遅めの昼食をとり島内を散策、誰かを記念した銅像と物置小屋や壊れたあばら家などがあった。時間があまりなかったのでとりあえず散策を程ほどにして、浜に戻り帰宅の途に。


 日生の港に戻る時に波がより高く(といっても1mちょっとから大きくて1m50くらいがたまに来る程度)風も強くなってきたが、波に戯れながらシーカヤックを楽しみ、時々海上でのんびり休んで日生の港に到着、撤収。距離約20km休憩時間を含めて5時間弱のツーリングを無事終了。充分満足のいくツーリングであった。


 とこんな感じで瀬戸内海初ツーリングを行いました。このときの感動でシーカヤックをやめられなくなり、今に至るというわけです。このデジタルの時代にアナログチックな手漕ぎ舟で海を渡るというのがこんなに楽しいとは!


 

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 折りたたんでザックに収める事ができる為、宅配便等で送ったり電車やバス等であらゆる場所に持っていくことができ、何処からでも旅を開始して何処ででも旅をやめることのできる最も自由なカヤック「ファルトボート(フォールディングカヤック)」、についてのあれこれと漕行記(ツーリング記録)についてここでは書いていきたいと思います。


 ファルトボートの特徴を生かすために僕は、電車等の公共機関で行くことが多く、それにより行きっぱなしの旅を楽しんでいます。「重くててしんどいので電車で行くのは大変」と言われていたりもしますが、30kgを越えるような外国製のタンデム艇ならともかく、20kg程度のファルトボートなら(装備をいれて40kg前後)慣れてくるとそんなに大変というほどではなくなります。移動中はのんびり自分の時間を過ごせ、またいい休憩時間にもなります。


 また行きっぱなしの旅でも、そこが海であれば他のフィールドよりもより自由な旅ができる為、、この自由さに魅力を感じ、僕は電車等の公共機関を使って海に行く事が多いです。

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