ファルトボート(フォールディングカヤック)についてあれこれ書いてます
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

 今年の締めを。

 今年の出撃回数は35回、日数は37日(キャンプツーリング2回、シーショアを1回友達に貸してますので1日引いて)となりました。肩をはずしかけた時、痛めたので3月までほとんど漕げなかったことかつ、休みが少ないのでこんなもんなのでしょう。陸上偵察等も含めるとカヤックに費やした休日の割合は6割ちょっとくらいかな。来年は50日くらいは出撃したいものです。

 出撃回数第一位はシーショア、二位はカサラノ、三位はアルピナと遠征(遠方に送って漕ぐ艇という意味で)用三艇が並びました。カサラノは処女航海が7月下旬だったので、それを考慮に入れると驚異的な出撃頻度でした。このおかげで単独行も問題なく出来るように。でも比較的穏やかな場所しかまだ行く勇気はありませんが。

 今年の印象的な出来事

 1.多くのカヤック乗りと知り合う事ができたこと
 
 2.カサラノ購入
 
 3.日本海や太平洋、紀伊水道等瀬戸内以外の海への出撃回数が増えたこと

 
     

  最も印象に残ったツーリング

  シーショア 8月15日の常神 水質の良さ、景色の良さに感激、来年から夏場は日本海に連続出撃になりそう

  
最も怖かったツーリング

  これは2つ有ります

  シーショア 須磨から芦屋まで うっかり神戸港に入り非常に怖い思いを 行ってはいけなかった。

  カサラノ  処女航海の常神 景色など覚えておりませぬ。
 
 
  ブログについて

  更新回数 64回 月平均5.5回、 年に36回目標(月3回)は達成

  慣れるとそんなに面倒くさくないのでカヤック乗りの方、来年からいかがでしょう。数少ないカヤックの情報の共有の為にも、カヤック仲間の輪を広げる手段としも有効かと。
 
 
 来年は・・

 いい加減瀬戸内縦断を成し遂げる

 長距離漕ぎに挑戦

 キャンプツーリングを増やす

 技術のアップ(カサラノを乗りこなす為、ロール練習、サーフゾーンでの練習)

 というところです。

 ファルト旅を重ねて、僕の旅力をアップしていきます。

 今年お世話になりました皆さん、有難うございました。また来年も宜しくお願いします。

 

 


スポンサーサイト

 24日は早朝の電車で二見ノ浦へ行く為に、ホテルを6時20分頃にでる。駅に着いたら次の電車は7時3分発。6時3分の始発に乗るべきだったかななどと思ったが、まあ仕方ない。調べとくべきだった。しかしこのことが後々幸いすることに。

           IMGP2014.jpg   IMGP2016.jpg

 二見ノ駅到着後歩いて浜に行き、そこに到着していたSさんと挨拶を交わしのんびり出艇準備。カサラノの組み立てでセンター出しだけ相変わらず苦戦していたのだが、Sさんのアドバイスで今後は大丈夫そうだ。そんなやり方あったんだな。

     IMGP2017.jpg   IMGP2018.jpg   IMGP2022.jpg
       (到着当初)      (組み立て中)  

 で到着当初は結構海のおとなしかったので、「いけますね」なんてSさんと話していたが、艇の組み立て中に風が強くなり、組み終わった時には兎が結構飛んでいた。

 流石は強風波浪注意報と感心している場合でな無かったが、まあ仕方ない。ツーリングは様子見でとりあえず陸地近くを試し漕ぎに。カサラノでこの状況では、多分こけるだろうと思い、上は4枚重ねで、下は3枚重ねのウェアリングで望む。

                   IMGP2026.jpg 

 出艇前にSさんに「グリーンランドタイプのカヤックが何故あの形になったか」についての自論を聞かせていただいた。ええとなかなか説得力のある自論で、内容はいつかSさんがブログに載せてくれるのを待つとして、簡単に言うと狩をする為に効果的であるということ。以前述べた僕の暴論とは全く持って違い、説得力も段違いである。頭の違いがここで出たな。暗雲が晴れた気持ちである。その他にもいろいろ話を聞き、僕は感心しきりであった。ここでは詳しくはあえて書くまい。

           IMGP2029.jpg   IMGP2031.jpg
  

 さて出艇はテトラによって波がさえぎられた砂浜からで、Sさんからまず出艇。その後、僕も漕ぎ出す。 テトラの影を出ると波をもろに受ける。2つ越えてから、リーンターンはまあ無理だと思いラダーを落とそうと振り返った(ラダーロープを引く為の僕の癖、左手をパドルから話した状態)後、前に向き直った時大きな波を左斜め前方からうけそのまま沈!パドルから片手を話している状態だったのでプレイスやスイーブなんて出来るわけもなし。 沈脱した後、のんびり浮かびつつ沖合いを見ると、Sさんがウィスパーで波の高い海を見事に漕いでいる。

 
 当方はPFDはやはり必要だな、カサラノではロールは必要技術だな、なんて思いつつ、プカプカ浮かび、さてパドルフロートで上がるか、浜の手前まで波に運んでもらうか考えつつ、今回の反省点を考える。勿論答えはサーフゾーンでパドルから手を離したこと。もっと沖に出てからラダー落とせばよかったな。結局カサラノを引いて浜まで泳いで上陸。

 浜に上陸後、ちょっと休憩。Sさんも少し経ってから上陸。とりあえず海が落ち着くまで様子を見ることに。 ちなみにカサラノでの沈は5回目だ。場所は全てサーフゾーン。

       IMGP2031.jpg    IMGP2035.jpg    IMGP2032.jpg
 

 その後ますます海は荒れてきたので結局出艇できず。荒れがましになれば、お互いの艇を乗り換えて波の中で遊ぶ予定だったのたが。今年最後の出艇は30秒で勝負あり。敗北の味を知る。しかし早く現地に着かないでよかった。着いてたら今頃どうなってたことか。「波浪注意報」発令中にカサラノで出撃するのは今の僕では無理なのに、ついつい出撃してただろうな。途中でこけて夫婦岩辺りで観光客に通報されていたかも。

 撤収後は伊勢うどんを食べに行ってからSさんと別れることに。今度は愛知方面に行かせていただきますよ、Sさん。

 そういえば24日はクリスマスイブ。恋人達が愛を語り合う日ということだが、勿論私には関係ない。 クリスチャンでもないのに、マスコミとメーカーに乗せられて浮かれ騒ぐ愚かな日本人の恋人達よ、日本古来の伝統や行事を忘れ西洋から伝えられた行事をありがたがるとはご先祖様も泣いているぞ。その日僕は男らしく赤いカヤックに乗って海に戦いを挑んでいたというのに。

 僕は君達に言っておきたい事がある。君達が・・・非常に羨ましいぞ。

 その夜、ホテル近くのスーパーで買ったクリスマス用「鳥のもも焼き」(半額)を1人寂しく食べていると、女性から一通のメールが。

 「メリークリスマス。イブは母と過ごしてます。ケーキともも焼き、クッキーも食べたよ ヽ(゚∀゚)ノ 」 

 因みにメールの発信者は、元彼女である。おちょくってらっしゃるんですか?

 1日に2度の敗北を知ったのである。

  愛知のウィスパーユーザーSさんとご一緒させていただくことになり、伊勢沖合いの島渡りをすることに。ちなみにSさんは当ブログからリンクさせていただいている「水に浮かび物思う」の記述者です。12月23日は移動日と作戦会議、24日に二見の浦から出艇予定ということで行ってきました。ちなみにホテル泊でカヤックを直接ホテルに送りました。風が強いのは分かっていたのですがカサラノを持っていってしまった・・・。

     IMGP1999.jpg   IMGP2003.jpg   IMGP2004.jpg
 23日、JR8時30分の電車で伊勢へ向う。乗り換えする事4回、電車待ちの間、駅の周辺をぶらぶら歩いて時間をつぶしたりしつつ、伊勢に着いたのは1時50分前。Sさんとの待ち合わせ時間にはまだ間があるので鳥羽まで行って、漕ぐ場所の偵察兼観光を。ファルトを現地に送ればこういった電車旅もできるので一石二鳥だ。

            IMGP2006.jpg   IMGP2009.jpg
 
 鳥羽港から見る伊勢沖合いの島をみていやがうえにも明日のツーリングに対する期待が高まる。流れるあのメロディー 「いいじゃないか、いいじゃない、いいじゃないか・・。」早く復活してくれ!

 鳥羽の町を散策してから電車でホテルに行き、送っておいたカサラノを受け取る。20分ほどしてホテルまでSさんの車で迎えに来ていただき、食事へ行く事に。

 食事しつつ、地図を広げて明日の漕ぐルートについて話合う。今回行く島でキャンプできそうな場所や良さそうなところなど、お互い興味を持っている場所を言い合い、ルートを決めていく。大体決まったところで、場所を移してファミレスに。コーヒーの飲みながらアメリカのカヤック事情(Sさんはちょっと前までアメリカに住んでいた)等を聞く。

 アメリカではポリ艇が結構多かったとの事で、何故日本ではポリ艇が少ないんだろうという話が出た。確かにそうだな。FRP艇に比べてポリ艇はあまり見ないな。ラフにがんがん使えるポリ艇はファルト乗りからすると非常に魅力的なのだが。ファルトでやっていけない、石浜への乗ったまま上陸もできるしロックガーデンにも躊躇無く突っ込めるし、ちょっとぐらい引きずってもどうって事ないし。

 ちなみにファルトの普及度はどうですか?と聞いてみた。ショップによっては組み立て式のカヤックが存在する事自体しらなかったりするらしい。アメリカではあまり向いていなさそうだと思っていたので予想は当たった。日本のように海に囲まれかつ国土が狭いが交通網が異常に発達しているという国であるからこそファルトに向いていたりするのだと思う。

 10時前に明日は早いので解散となり、当方はホテルへ、Sさんは某所でキャンプする事に。

 ホテルに帰ってすぐ就寝、朝4時30分ころに目覚める。天気予報をTVで見ると、晴れるものの風強し、「強風波浪注意報」とのこと。わが艇はカ・サ・ラ・ノである。ピンチである。艇の選択を間違ったか!?

 12月16日は伊根を陸から訪問(偵察)しました。親不知を抜いた後の痛みと体の疲れで今回はカヤックでは行かずに18キップ利用の電車とバスで訪問。舟屋に興味があるのはちょっと前に書きましたが、行ってますます漕ぎたくなりました。基本的に当ブログはカヤック以外の旅行記は書かないのですが、まあ偵察という面もあるので書いてみます。それでは漕行記ならぬ陸訪記を。

                   IMGP1951.jpg

  早朝6時22分の電車で向う、電車3回乗り換え、バスを乗り継ぎついたのは12時前。

     IMGP1956.jpg   IMGP1966.jpg   IMGP1962.jpg
         
 適当な場所でバスを降りた後、伊根の落ち着いた集落を舟屋を見つつ歩く。いやあなかなかいいではないか。海沿いに出て向かい側にある舟屋をみたり、陸から舟屋の内部を観察したり(その向こう側に海が見える)して、カヤックをここから出撃させたい思いが強くなる。

                   IMGP1958.jpg

 3階建てで、間口が広く、コンクリートの桟橋が2本あってその横にカヤック装備等の置き場、奥はカヤックの艇庫、 2階は寝室やリビング、3階は多目的室や客室かつ、そして露天風呂・・・。頭の中で勝手に妄想が・・。

                   IMGP1959.jpg

 舟屋は年季の入ったものから新しいものまで、奥行きの有るもの、無いもの様々でそれが上手い具合に調和している。「いいな」とか「渋いな」とかつぶやきながら、ぐずついた天気の下歩いては立ち止まり写真を撮る、また歩いては立ち止まり写真を撮るを繰り返して1時間程してから、伊根の道の駅に向う。

                   IMGP1970.jpg

 

 観光案内所があったので舟屋の宿について聞いてみた。

 1. 2ヶ月前から予約可能で4件ほどあるらしい。カヤックの出撃はまず大丈夫とのこと(要確認)

 2. 1人で泊まる事の出来る宿もあるとのこと。

 3. 漁港の無断使用は遠慮して欲しいとの事

 4. 伊根湾口をふさぐように浮かぶ「青島」は聖なる島で上陸禁止

                   IMGP1971.jpg

  聞いた内容をまとめるとこんな感じになる。

 その後、舟屋を改築したギャラリー見学とそこにおいてあった伊根の本をコーヒーをいただきながら読む。

     IMGP1978.jpg   IMGP1980.jpg   IMGP1982.jpg

 伊根は江戸時代、漁獲量のほとんどを直径1km程度の伊根湾で上げていたとの事!入鹿や鯨までここに追い込んで獲ってたとのこと。ますます青島の重要性がわかる。湾口が南向きという事、、干満の差が小さい日本海という事だけでなく、青島の防波堤という役割かつ追込み漁での役割。これらの要素が揃ったゆえに伊根という集落が今日あるということだ。

 ギャラリーで1時間程いて後はまた伊根集落を歩いて見回り、伊根の道の駅に戻って休憩してから戻る事に。

          IMGP1976.jpg   IMGP1989.jpg   

  帰りはバスと電車を乗りついで6時間。まともにいくと交通費が大分かかるが、18切符当の利用で4700円で済んだ。18キップシーズンはやはり偵察するのにいい時期だ。

 さて来年の日本海が落ち着いた頃に時間あれば、舟屋に泊まってそこから出撃して天橋立辺りで上がるか、それともあの辺りの舟屋巡りキャンプツーリングにでも行ってみるのも面白そうだ。


 

 12月9日はマキノにてグランストリームのキャンプツアー(8日、9日)があり、戻ってきたところを待ち伏せする為に行ってきました。出撃艇はカサラノです。東京からKさん登場、近江今津にて待ち合わせかつ漕ぎ出す予定が、天候がもう一つの為結局マキノに行く事に。ではその時の事を書いてみます。

 寒い!今日は寒い。時たま雨が降る曇天。3時頃帰ってくるだろうから、時間もたっぷりある。のんびり飯食べたり組み立てたりしつつKさんといろいろ話す。風も結構強いので「どっかで様子見してるのかも」「途中でツアー中止であがってるのかも」などなどあれこれ想像しつつ組み立てる。

        IMGP1911.jpg    IMGP1918.jpg

 出艇は2時前頃だろうか?覚えていない。のんびり漕いで海津まで岸沿いに。
 途中風が強くなって艇が回され始めたので、リーンを思いっきりかけて外傾ターンしたり、ラダーを使用したりして進んでいく。ついでに風力計を使って風を計ったり。ゆるい時で3mくらい、強い時はなぜか計らなかったな、そういえば。

        IMGP1923.jpg    IMGP1924.jpg

 海津の桟橋付近は風でざわめいた。浅いので岩で底をすらないように気をつけて進み、桟橋越えたところの小さな浜で僕は上陸、Kさんは「探してきます」と漕いで行く。すぐにKさんの「いました」との声が。

 岩陰から現れたのはカフナかな?岩陰からカヤックが現れる瞬間というのは僕の非常に好きなシチューション。湖上での邂逅。

 乗り手は大瀬さんぽいぞ。当たりだった。 挨拶を交わし今回のツアーの人数等や沖縄のK2による旅について少しだけ話をする。その時「こんにちは」との挨拶。そちらを見ればなんと明石のTさんだ!
Tさんがまさかいらっしゃるとは思っていなかったの驚いた。おまけにウィスパーのスタンダードスキンタイプ発注してるし。待望の瀬戸内ファルト乗り仲間誕生か?

  IMGP1931.jpg    IMGP1932.jpg    IMGP1935.jpg

 今回のツアーにはK1乗りの Iさん、Tさん、カサラノ乗りのMさん、ウィスパー乗りのKさん、Tさん、Yさんと計6名で行ったとの事。秘密の場所。独特の雰囲気がある場所らしい。このパーティにKさんと僕が合流して総勢9名でマキノに戻る事に。

  IMGP1937.jpg    IMGP1944.jpg    IMGP1948.jpg
 天気の良くなってきた奥琵琶湖を9艘のファルトボートが進んでいく姿を眺めていると、心の中に不思議な高揚感が湧いてきた。

 マキノに到着後はいつもながらのファルト談義。こいつはやめられないなあ。カヤックを分解しつつ、ファルトに魅せられし者達どうしでの談義を続けるも、時は経ち気が付けば周りは暗くなっている。

 K1乗りのTさんが「1月は日生宴会キャンプしましょう」。おお嬉しいな。日生ご案内しますよ、是非是非宜しくお願いします。

 最後に大瀬さんに沖縄での話を聞き(沖縄の旅の報告会がちょっと前にあったのだが、その時は友達との約束で淀川に行っていた。12月22日にあるA&Fでの報告会はばっちり仕事です。ついでに言うと忘年会もばっちり仕事。土曜日休みテー・・。ちなみにフェザークラフトの本家版ホームページ(英語)に沖縄とリップの動画や画像がある。カヤックの限界を超えた帆装小舟旅ってのは凄いもんだ。そのうちツアーでもしないかな?でも休めないやろな。

 ちなみに最後の話で「沖縄での島渡り(南西諸島、沖縄から奄美やその向こうまで)カサラノで出来たらいいですね」と大瀬さん。カサラノで!?うーん僕にはとても。シーショアで本島から慶良間島まではそのうち渡ってみようと思ってはいるが、カサラノで更に難易度の高いあの場所を。でも大瀬さんなら何時の間にやら行ってしまいそうだが。

 帰りはTさんと初めてお会いしたYさんと僕の3人兵庫県組でTさんに車で送ってもらうことに。Yさんもウィスパーを購入。全装備を担いで(カート使用せずに)マキノにこられてました。流石は山のエキスパート。ちなみにTさんも山のエキスパート。キャンプツーリングご一緒したときはキャンプ術を教えていただきたいものだ。未だにタープなんか適当に張ってるし、テントのペグなどいつの間にか抜けております、当方は。

 というわけで今年最後のマキノに行ってきました。マキノの集まりに行くたびに新規ユーザーの方とお会いしています。今年は相当新規ユーザーが増えたような気がするのですが、というより僕も新規ユーザーですが。ファルトボート乗りの輪が広がっていくのは嬉しいものです。

          IMGP1873.jpg    hinasetekage2.jpg
                    (青は前編、黄色は後編で漕いだコース)

 

  短い橋の下が水路になっていてそこから外海に行けるので、漕いで通る。縮尺10万分の一の道路地図をコピーして持っていってたので、こんな小さな水路があるかなんて、現地に行かないと分からないのだ。で水路は予想通り追い潮でスット通ることができた。この辺りは潮が大きな円を描くようにまわってるのだな。

   IMGP1876.jpg    IMGP1877.jpg    IMGP1883.jpg

 沖に浮かぶのは手影島。不思議な名前の島だ。ネットで検索してもその名の由来が分からない。なかなか印象深い名前の島。鳥居が建っていたので祠でもあるのかと思って目を凝らすと階段を見つける。ということで上陸後階段を上っていく。
上には予想通り祠があった。今後の航海の無事を祈って手を合わせる。静けさの漂う不思議な空間。また来よう。

 そういえば水路を通った直後振り向いたら、橋の上の通る車から不思議そうな表情で見られているのに気づく。ほとんどこの辺では見かけないのだろう。日生という好フィールド、なぜかカヤック乗りとはほとんど合わない。隣の牛窓はそこそこいるらしいのだが。

                  IMGP1885.jpg

  残念ながら時間が無いので滞在時間10分もたたずに出艇、来た海道?を戻り水路に入り、沿岸沿いに漕いで行く。 まばらであるが紅葉のドレスを着た日生の島々を眺めつつ帰還の途に。途中キャンプできそうな場所が何箇所かあったが、今は雑草がぼうぼうと生え、階上からははっきりと確認できなかった。まあ今度また調べに来よう。

 帰りはまたもや風が強くなったので艇が回されそうになるのを外傾ターンで対抗したり、ラダーを落として漕いだりしながらいろいろ試してみる。

 ラダーについては以前書いたが、また今度新たに書いてみようと思。以前と比べてラダーに対する考え方が変わってきている。なぜかこの世界、ラダーの必要性について下手に書くと揉めるんだな。ラダー派、スケグ派、無し派。必要性を認めるかどうかというところ。人それぞれだ。

          IMGP1888.jpg    IMGP1892.jpg

  カヤックを乾かす時間を考えて、より道せずに曽島と本土の間をとおり帰還、撤収。上陸は3時30分。漕いだ距離は26から27km程度かな。カサラノにとっては余裕の距離。シーショアとカサラノ、アルピナの使い分けが最近上手く出来ている。大きなうねりや波が立ちそうな場所ならシーショアで、漕げる時間を考慮して距離を漕ぐがなければならないのならカサラノで、穏やかな場所でのんびり漕ぐなら軽いアルピナで楽々ツーリング。ついでに言うと川ならSS-1かアルピナ。夏場は組み立てがしんどいから楽なSS-1か。3号艇のクイーングースの使いどころが難しいな。まあ勿論これにとらわれることなく、その時に乗りたいカヤックに乗ればいいのだが。

 1艇を使い尽くすのも良し、僕のように何艇かもって使いまわすのも良し。個人的には数艇有った方が楽しめると思う。幻の6号艇は何時の日か。うーん世界最強のフォールディングカヤックと呼ばれる「彼女」が最近気になってきている。セーリングもできるし。先立つものなんて勿論ございませんが。

 最後は脱線気味になりましたが、これにて日生のほとんどの場所は漕ぎました。後1箇所だけ残してますが、そのうち日生から牛窓まで行こうと思ってますのでその時にでも通ろうかと。

 12月2日はまた日生へ行きました。日生へ行く事20数回、未だに漕いでいない場所がまだあります。今回はそこへ行ってきました。駅前の港から直線往復で22kmくらい、岸沿い漕いだり、入り江にはいったり、寄り道すれば30km近くかな。電車で行く事(時間の制約を受ける、詳しくは当ブログ電車でカヤック参照)、日が短い事、その上出来るだけのんびり漕ぎたい事、これらの条件を勘案すれば、出撃艇は自ずと決まってくる。5号艇カサラノです。では漕行記を。

 始発電車で日生へ向う。何度も乗りなれた路線、まるで出勤するかのよう。いつもの様に日生駅でおり、愛想の良い駅長さんに切符を渡す。その後コンビニで食糧買い込み、朝食、カサラノ組み立てと、すでに慣れきった行動。

 センター出しは問題なし、テンションがけは無事終了と思ったらラダーケーブルがガンネルバーに絡んでいる!!!というわけでテンションを緩めてまたかけ直し、そのときうっかりチャインバーに肘がぶつかって逆方向に曲がってしまった(チャインバーはテンションを掛けると弧を描くのだが「( 」状態が「 )」になったので慎重に直す。まあフレーム自体が曲がったわけではないので問題ないんだが(テンションをはずすと元通りまっすぐになるという事)。しかし船体布のなかでフレームが暴れているみたいで、なんか面白いな。 
              
         
IMGP1842.jpg    hinasetekage1.jpg
   今日はちょっとカサラノの機嫌が悪いみたいだ。そういえば顔色が赤いし・・。

 のんびりしすぎたのもあって、時間もあまり無いのに10時過ぎに出艇、いつもどおり南に水路状の海を進み、本土と曽島の間に入り、曽島を過ぎたら、対岸に渡る。
    

   IMGP1847.jpg   IMGP1846.jpg   IMGP1848.jpg

 
 いつもは曽島寄りを漕ぐのだが、対岸の本土よりをのんびり南下、鍋島という丸い島の影で休憩。出艇地より6kmチョイくらいだろうか。50分ちょっと程度。時速にして6.5kmくらいかな。最初の1時間にしては(僕としては)かなり速い。ATパドル使用で、状況良く体調が悪くない時のシーショアで巡航速度6kmはきつい。最初の1時間なら5km前後だ。やはりカサラノは速い。巡航速度7km台というところかな。インチューンパドルなら8km近くいくかもしれない。 FRPのボリュームあるツーリング艇並のスピードと同等くらいかな。ファルトの反則艇といわれることだけはあるな。

   IMGP1852.jpg   IMGP1853.jpg   IMGP1856.jpg
 
 休憩後更に南下、途中の入り江に入ったりしつつ本土沿いをのんびり漕ぎ、そのまま西に転進、本土よりを進む。
 ここから風が強くなる。日生で西風が吹くとき、島と島、本土の間が風の通り道になって風が強くなったりするのだが、どうやらそれらしい。しっかり漕ぎつつ強めの向かい風の中進んでいくと、遠方に虫明瀬戸の最狭部にかかる橋が見えてきた。あそこまで行って帰ってくるのが本日の目標。

                 
IMGP1855.jpg

 少し進んだ後、休憩のため浜に上がる。しかしここは蛎養殖のいかだが凄く多い。日生は蛎の名所でところどころに筏があるが、ここは特に多い。風が強いので間を抜けるときは筏にぶつからないようにしなければいけない。

                 IMGP1859.jpg

 15分程休んで出艇。時たま強く吹く風に逆らいつつ、虫明け瀬戸の橋を目標に漕いで行く。段島と本土の間を抜けると目の前が本日の目標虫明け瀬戸。本日は小潮だが、それでも潮が結構流れている。浅くそして狭い場所であるからだろう。おまけに逆潮。
 

        musiakeseto.jpg     musiakeseto1.jpg

        (予想の潮流方向)    (実際の潮流方向)

 外海(この場合、日生諸島の外の意味)は潮が上げ潮で西に向って流れているが、ここは東に逆行。なるほど潮がまわって流れ込んでいるのか。ここに来るまでは今の時間帯は西に向って追い潮だと思っていたが。いい勉強になった。
 

    IMGP1862.jpg   IMGP1869.jpg   IMGP1870.jpg 

 橋の下でターン、漕がなくても進む追い潮にのって漂う。岸沿いを入り江に入りながら漕ぎ進む。 そして2回目のに入り江に入ると、なんとそこには外海にでる水路があるではないか!

 海を漕ぐようになって、それに関係する諸々の事に興味が湧くようになりました。その中でも以前から僕が妙に興味を惹かれているもの、それは「舟小屋」もしくは「舟屋」と呼ばれるものです。漁の為の小屋で、1階が船置き場で2階以上が住居になってるものと船置き場だけのものがあります。特に前者をネットでみたとき、「欲しい」と・・・。最も有名なのは観光客もよく訪れる伊根の舟屋でしょう。これらは今時のFRP船には必要なものではないのですが、かつての木造船を雨や雪から守る為に必要だったという事です。


          hunaya.jpg   hunaya2.jpg

 昨日、実家近くの本屋に寄ったとき、「船小屋」(INAX出版)という本を発見!思わず手に取り中を拝見。10秒後、僕はその本をもってレジに並ぶ事になりました。


 表紙を見たとき、僕の頭に浮かんだのは子供時代の秘密基地でした。いままで伊根の舟屋をホームページでみても「秘密基地」なんて思ったことはないのに、この自然の木をそのまま使った柱や素人作業のような(怒られそう)木の張り合わせを見てそう思ったのかもしれません。しかし我ながら子供ぽいなあ。


 しかしそれでは終わりませんでした。次に頭に浮かんだのは人目につかない入り江なんかに舟屋があり、1階に愛艇6艇(幻の6号艇を何故か買ったことにしておいて)が3段ラックに2列で積まれている。その横にカヤック及びキャンプ道具等が整然となれべられている。そこから時に1人で時に仲間と一緒に愛艇を出撃させる。まさにカヤック乗りにとって至福の建築物?、雑誌の名前じゃないけれどまさに「男の隠れ家」といってもいいかもしれません。


 本を買った直後僕がしたことは年末ジャンボ宝くじを買いに行くことでした。庶民が一度は言った事があるだろう言葉「宝くじが当たったら・・・・を買う」あれですね。土地を買って舟屋建てて勿論「漁}(カヤックフィッシング)も、まあこの辺でやめときましょう。しかし阿呆な事書いた後、当ブログを見ていただいているカヤック仲間に会うのは結構気恥ずかしかったりします。がついつい書いてしまうんですね、なぜか。


 というわけで行きたい場所がまた増えてしまいました。舟小屋は日本海方面多く点在しており、若狭湾無いにも何箇所か、伊根やその近くにもあります。以前から計画していた天の橋立→伊根コースから皮切りに巡っていこうかな。しかし今は北風の季節。もっと落ち着いてからですね。

 フェザークラフトクラフト製のザックは、収納力抜群かつ背負いやすく優秀なのですが、唯一不満な点がありました。それはパドルホルダーがない事。4ピースパドルはザックに入れておけばいいですが、
2ピースパドルはパドルケースに入れてもって行かなくてはなりませんでした。そもそも僕がメインで使っているATエクセプションEやインチューンパドルも2ピースです。


 というわけで作ってみました。


 材料は100円ショップで買ったナイロン製のバッグ×2。
 その取っ手をはさみで切り画像のように袋の真ん中やや上辺りに、ボンドと安全ピンで2本つけ(縫った方が見栄えはいいです)、それをザックのサイドについているベルトを通してからパドルを差し込むという寸法です。


  IMGP1893.jpg        IMGP189311.jpg         IMGP1840.jpg



 安く誰でも出来る工作で便利です。これでパドルケースも持っていかなくて良くなったので楽になりました。



 さて、ずっと延ばし延ばしにしていた淀川紀行を書こうかと思います。
11月11日、友達がカヤック冬眠に入るので打ち上げ漕ぎの為どこか漕ごうということに。選ばれし場所は「淀川」。もしリバーカヤック55マップの続編が出ることになっても、間違っても載らないでしょう。しかし気になる川でした。という事で京阪で枚方公園駅下車、河川敷までまで歩いていきそこから出艇。本日の出撃艇は四号艇 アルピナ2-430、スプレーカバーを付けずセミオープン状態のお気楽仕様。開放感抜群です。ちなみに友達はダッキーで「ユカタット」。では漕行記を。


                 IMGP1683.jpg    yodogawa.jpg 


 川辺に立って、川面を見る。透明度3尺5寸程度(正しくは深さを計る旧単位は尋)、香ばしいにおいは勿論せず、ちょっと臭い。しかし景色は思ったよりまし。ここは国道170号線橋の下を少し越えた場所。


 準備完了後、期待感と後悔の矛盾した感情を抱きながら誉高き日本男児2人は川を行く。


         IMGP1686.jpg   IMGP1688.jpg


  両岸は一応それなりに緑があり、その背後に町並みが見えるまあ予想通りの景色。最初はともかく、飽きてくるがまあ流れもゆるくのんびりくつろぎつつしゃべりながら下っていく、というより漕いで進んでいく。


         IMGP1696.jpg   2233.jpg


 途中から行動食の柿の種わさび味を食べ始める。食べている時にパドルから手を離すとアルピナが自然と横向きになったり後ろ向きになったりしたが、そのまま気にせず流されていく。ほんまに気軽なツーリング。


 


  IMGP1705.jpg   IMGP1713.jpg   IMGP1714.jpg


 何度か橋を越えたとき、友達の携帯に会社から連絡が。後ろを見ると黒雲が我ら2人に迫ってくるが、止まっているのであっというつかまり、頭上から雨を降らす。2人のボルテージは下がりこそすれ上がる事はないという状況で一挙に暴落。そのあと向い風が吹いたりでがんばって漕いだりしつつ川を行き、気がつけば昼飯の時間に。両岸を見るものの水草により上陸できそうにない。


                IMGP1715.jpg 


  更に下っていくと前方に川から反射板のついた鉄筋が立っているのがを見えて、のぼりが指してあった。弁当の販売!カヤック乗り為の水上弁当販売店か?勿論嘘である。寒い日には熱い弁当を・・。でふと右岸を見ると、ダッキーで出撃寸前の家族連を川岸に発見。  


 その方々と挨拶を交わしてからそこで上陸。やっと昼飯だ。しかし今日は寒い。食べた後、缶コーヒーを買いに行く。体があったまって再度出撃するぞ、という気力は殆ど無し。どうせ景色はにたりよったり・・・。というわけで協議の結果ここで撤退。最後に少しだけ水に浮いてから片付け、撤収。ちなみに場所は内環状線の橋の下(国道479号線)手前。なにかしまらない打ち上げカヤックであった。これでいいのか?

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。