ファルトボート(フォールディングカヤック)についてあれこれ書いてます
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 GW前半の27日から瀬戸内縦断島渡りに行ってきました。メインゲレンデの日生諸島近く、入電から出撃島を渡り、高松までの2泊3日旅、学ぶべき事が多く、また「旅をしているのだな」という実感を得た充実したファルト旅を満喫してきました。3、4回に分けて書いてみます。出撃艇は壱号艇シーショア

 27日、当初は全行程単独行の予定だったのが、前日ウィスパー乗りのTさんよりメールいただき、27日は日生でご一緒していただくことに。お誘い有難うございます。

 JR明石駅でTさんの車に乗せてもらい出艇地「入電」へ。ここは無料駐車スペースがあり、人も少ないなかなかの場所。目の前から出艇できるし、ファルトを組み立てるのに便利なコンクリート?の地面あり。


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 いつもどおりの儀式を開始する2人。
 フレームという「魂」を船体布という「体」に入魂すれば、旅をする小船が生まれ出でる。さあカヤック阿呆達よいざ行かん!・・・といいたいところだが、最近はいい意味で肩の力が抜けてきた。 縦断をどうしてもやり遂げるぞという意志はさらさら無く、ダメなら途中で切り上げようというのが本音。ファルトの旅はそれでいいんじゃないかと、僕は最近そう思うようになってきた。

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 さて出撃、まずは鹿久居島東海岸まで漕いで行く。やや風が強い。快調に進んでいくTさんのウィスパー、それに比べ荷物を満載した我がシーショアはゆっくりと時速5km程度で進んでいく。鹿久居島の東海岸近くに到着後、そのまま南下、鼻を越えたら強い風が吹き、波が高くなってきた。

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 そのまま進んで行くとどんどん風が強く波が高くなってくる!日生漕ぐ事二十数度、今まで一番の荒れようだ。もっと風が強い時に漕いだ事もあるのだが、その時は日生の水路状になった場所だったのでカサラノでも安心であったが、ここは日生でも開けた場所である。大きな波で1.5m位か?久々に荒れた海なのでちょい緊張したが、次第に緊張も解れて来る。なんと行っても「シーショア」であるし、更に荷物満載の状態。何を恐れる事がある、といったところか。が仕事で相当疲れている僕だったので、正直なところ「もっと優しくしてくれい」というのが本音。

  が難なく波を乗り越えて進んでいくシーショア。で実は一端引き返そうかなと思ったりもしたのである。 Tさんはまだカヤック始めてからそんなに経っていない、またこの海でそれも空荷の状態ではという事を考えた。しかしTさんはツアーで相当「いかつい」状況を漕いでいるし、なんと行っても体力抜群の「山屋」である。ということで行ってしまう事に。結局この海を漕ぎきったTさん、たいしたものだ。僕がTさんの立場ならすぐに泣きを入れて「帰りましょう」と提案していたなあ。単独行の多い僕はこの辺の判断がなかなか上手くつかない。今後の課題の一つだろう。
    

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 鹿久居島を回り込んでから強風下の海を鶴島へ渡る事に。島影に入ってとりあえず休憩することに。もともと鹿久居島の浜でのんびりの予定が、そっちへ行くと常に風にさらされるし、出艇もサーフ状態でしんどいかもしれないということでそう決めたのだがこれは正しかったのだろうか?

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  鶴島まで漕ぎつつ、記念に何枚か写真を撮る。ウサギさんががんばっている中、えっちらおっちら漕いで鶴島についた。普通より20分くらい余分に時間かかったかな?

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  鶴島にて昼食後、散策に向う。鶴島にあるキリシタンの墓に手を合わせる。以前も書いたかもしれないが、長崎の浦上天主堂に行った時、アナウンスが流れていた。こういった内容だ。

 「明治になってキリスト教が禁教でなくなったとき、欧米人の宣教師がこの地を訪れた。そのとき、こんなにも多くの人が迫害を恐れつつも教えを守り続けた事に感動した」それを聞いた僕も感動した。まさか日生にその浦上のキリシタン流刑地があるとは不思議な偶然。日生を初めて漕いだ時、行ったものの未だに墓に手を合わせていなかったので、今回は丁度いい機会だった。

 十分休憩もしたので鶴島を出発、Tさんは念のため、日生の駅に向かいそこでウィスパーを置いてから、電車で出艇地近くの駅まで行く。それから来るまでウィスパーを回収という手順をとるとのこと。というわけで鹿久居島と頭島の間にかかる橋の下くらいまで同行することに。あそこからは水路上になっているのでなんとでもなる。ただ動力船が狭い水路をそこそこ通っているのでそれだけが慣れないとしんどいが。 Tさんに別れを告げて僕は大多府島に向けて漕いで行く。ここからは単独行。気合を入れなおさないと・・とは思わない。

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 相変わらず兎が飛び交う荒れた海、ラダーを入れて漕いで行く。とりあえず頭島の島影に入るまで真っ直ぐに漕いで行き、その後は島沿いの瀬戸内らしい穏やかな海を漕ぎ橋の下まで行った後、地図で日生駅前の上陸地を教えTさんと別れる。しかし今日の日生はなかなか気合が入っているなあ。

   

 僕はその後、本日のねぐら大多府島の浜まで漕いで行く。最後の荒れた海を越えて島に着いたのが4時頃。時間あるのでそのまま島の遊歩道を歩いて島を散策。メインゲレンデの日生で一番好きなのがこの島だ。なぜかほっとする。

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 海水浴場の浜にてシーカヤックを発見!テントも張ってあるが、どうやらいないらしい。残念。そのまま僕は遊歩道を歩いていき、山の上から日生諸島を眺めつつ景色を楽しむ。ほどほどのところで引き返しねぐらに戻ってテントを建てて食事の準備。久々に持って来た「ネイチャーストーブ」の燃料、薪集めをした後に食事、食後はラジオを聴きつつ焚き火を楽しむ。9時過ぎまで外で過ごし就寝。明日は今行程最長漕ぎの日。十分寝て体力を回復させなくては。
 

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2008/05/01(木) 18:21 | | #[ 編集]
そのうちよろしければ
Tさん、コメント有難うございます。お近くですのでそのうちよろしければご一緒してください。ブログはちょくちょく更新しますのでたまに覗いていただければと思います。
2008/05/02(金) 14:20 | URL | てっさん #-[ 編集]
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